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時には母のない子のように

昨晩、9歳の息子に聴かせた歌。カルメン・マキ『時には母のない子のように』。彼の感想。「あのさあ、この人はどうして母のない子のように海を見たり長い手紙を書いたりしてみたいのかなあ」。うーん、そういう本質的な問題まで考えたことはなかったなあ。「あとさあ、曲の最初と終わりに波の音がザザーって鳴ってるでしょ。あれって、豆?」「え?豆?」「豆を使って波の音を出してるのかなあ」。うー、それも考えたことなかった。
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by akuto9 | 2011-12-31 00:58

『かわいそうだね?』 綿矢りさ/文藝春秋

前作『勝手にふるえてろ』の煮え切らなさとは打って変わって、読みごたえある快作中編が2つ収録。まずタイトル作「かわいそうだね?」。彼氏が元カノと同棲を始め、そのことに悩み苦しむ女子。恋愛感情はなく、就職が決まるまで住むところがなくかわいそうだから、という理由なのだが…。悩める女子小説だなと普通に読んでいると、後半予期せず怒涛の展開が!そして、ラストシーンのかっこよさ!ここ数年読んだ小説の中で一番かっこいいラストだった。しびれた。そして「かわいそうだね?」というタイトルが皮肉に響いてくるあたりも綿矢節。

次の「亜美ちゃんは美人」。誰からも注目される美人の親友を持った女子の苦悩を書いた、これも悩める女子小説か、と読み進めると、みんなにちやほやされ順風満帆かと思われた亜美ちゃんが意外な方向に進み、これまた思わぬ展開。最後に主人公が、自分と亜美ちゃんの関係、そしてそれぞれの本当の気持ちに気付く。誇張されているけど妙にリアル。いたたまれなくなるけど、感動的なラスト(少し泣いた…)。これは傑作と言っていいでしょう!別格エンタメ『ジェノサイド』を除けば、個人的にこれが今年一番の傑作だと思う(あまり言ってる人はいないが…)。

先日テレビのインタビューで著者が、長い間スランプだったというようなことを話していたが、綿矢りさらしさが凄みを増して復活したこの2作を読む限り、スランプは脱したのだろう。これからの作品に注目。
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by akuto9 | 2011-12-26 00:05 | 意識朦朧書評

ラブユー東京

先日9歳の息子に聴かせた歌。黒沢明とロス・プリモス『ラブユー東京』。彼の感想。「これって、女の人が歌ってるの?」。え?どう聴いてもオッサン(若かったのかもしれないが…)でしょ!女言葉の歌を男性が歌う、というパターンを知らない子供が聴くと、混乱するのだなと興味深かった。当時は男性作詞家が女性の立場の歌詞を書いて、それを男性歌手が歌うというパターンが結構多かったが、現在のヒット曲ではほとんど見かけないな。たまには誰かやったら新鮮に聞こえてヒットするかも。
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by akuto9 | 2011-12-23 08:18 | 出鱈目音楽話

ひろみ

6歳の娘が唐突に「おとうさん、郷ひろみのディナーショーを見に行きたい行きたいー!」と言い出した。「え?なんで?君は嵐が好きなんじゃないの?」「でも郷ひろみがいいの!」。一体、何があったのだろうか。
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by akuto9 | 2011-12-20 21:47 | 老体育児記

The Beach Boys 「SMiLE」 その5

最後に。
もし『スマイル』を聴いてみようという方がいて、60年代ロックの状況に特別関心がないのであれば、2004年のブライアン版を私はおすすめしたい。なぜなら、ブライアン・ウィルソン本人が数十年の苦難を越えて、自分自身と彼をリスペクトするバンドメンバーの協力により完成させた、唯一公式の完全版『スマイル』だからだ。過去の音源がどうのこうのというマニアの声と関係なしに、このブライアン版『スマイル』はとても豊かな音楽であり、聴けば聴くほど魅了されていく。ぜひ、ブライアンが生涯をかけて完成させた、時代を越えた稀有な音楽を味わっていただきたいのだ。ビーチ・ボーイズ版を聴こうと思っている方でも、もし未聴なら絶対に先にブライアン版を耳にしてから聴いてほしい。その方が何倍もビーチ・ボーイズ版を理解でき楽しめること請け合いだ。

そして、ビーチ・ボーイズに関心があり、『ペット・サウンズ』やブライアン『スマイル』を愛聴している方には、ぜひ5枚組『スマイルセッションズ』を聴いてほしい。CDボックスセットは入手困難だけど、音源だけならiTunesで5000円で買えるし、5000円の価値は十分にある内容(逆に国内限定ボックス20000円は高すぎる)。まあ、ほかならぬ『スマイル』なので、物としても所有したかったので私は2枚組デラックスエディションも購入してしまいましたが…。あの何とも言えぬ不思議な雰囲気のジャケットも、長い間『スマイル』伝説に寄与してきたと思うんで、自分の家にあるのが不思議な感じ。

こんな、同じ曲のセッションだらけ、しかも断片・パーツばかりの音源を延々と聴いて恍惚としてしまうのは、ビーチ・ボーイズ・ファンくらいなものかもしれないな。そしてその特性(?)は長い間の『スマイル』伝説によって培われてきたものかもしれない。

というわけで、長々と書いてきましたが、『スマイル』について少しでも関心を持っていただけたでしょうか?一人でも多くの人が、『スマイル』そしてビーチ・ボーイズの音楽を聴いてくれたら嬉しいです。でも、どれだけ言葉を尽くして語っても、世間一般のビーチ・ボーイズのイメージは永遠に「サーフィンU.S.A」……。(終)
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by akuto9 | 2011-12-19 12:55 | 出鱈目音楽話

The Beach Boys 「SMiLE」 その4

調べてみるとLPは2枚組で、A面が第一楽章、B面が第二楽章、C面が第三楽章、D面がボーナストラックという割り振りになっていて、やはり1枚でも2枚でも3つの楽章は収まりが悪い。

と、ここまで考えてふと思ったのだが、もしかしたらブライアンは最初から3楽章構成で考えていて、それがレコードのA面B面構成にうまくはまらないので、まとめられずに破綻してしまったのではないか。もしそうならば、レコード時代の終焉によってようやく『スマイル』完成のための条件が調ったとも考えられる。だとすれば、やはり2004年のブライアン版『スマイル』こそが真の完成形であり、ビーチ・ボーイズ版『スマイル』は未完成であることが最初から運命づけられていたのかもしれない。

とまあ、想像妄想織り交ぜて色々考えてみたわけだが、このように聞き手の想像力を過激に刺激し続けるところが、ビーチ・ボーイズ版未完成『スマイル』の最大の魅力、いや魔力と言えるのだろう。決して解けることのない永遠の謎。今回の『スマイルセッションズ』のたくさんの音源は、その謎の答えに近づくヒントであり、同時に謎をより深めてしまう材料でもある。大量の材料があるのに、完成品はない。だけど明らかに傑作。他の誰にも作れない響き。そんな音楽はビーチ・ボーイズ『スマイル』以外に存在しないだろう。おそらくこれから一生、ビーチ・ボーイズファンは自分だけの『スマイル』を夢想し続けるだろう。それぞれの頭の中だけに、それぞれの名盤『スマイル』。まったくブライアン・ウィルソンは、とんでもなく偉大な中途半端をやってのけたものである。(もちろん、ちゃんと自分で立派に落し前はつけたけど!)
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by akuto9 | 2011-12-17 14:16 | 出鱈目音楽話

The Beach Boys 「SMiLE」 その3

このように素晴らしいビーチ・ボーイズ版『スマイル』音源だが、それでもやはりこれを『スマイル』決定版とすることはできず、完成形は永遠に謎のままだ。今回の『スマイル』スタンダード版のもとになった2004年のブライアン版『スマイル』は、もちろん制作者本人が再構築したのだから、67年当時目指していた(はずの)『スマイル』にかなり近いものであるだろうし、当時欠けていたものを補った「完全版スマイル」であると言っていいだろう。ただし最後まで決定的に残る問題だと私が考えるのは次のことである。

『スマイル』楽曲の特徴は、短い曲のパートを組み合わせて一つの曲にするという画期的なもので(メドレーともまた少し違う)、核となる楽曲「英雄と悪漢」「サーフズ・アップ」や「キャビネッセンス」「グッド・ヴァイブレーション」などに顕著なように、それ自体一つのミニ組曲のようになっている。さらに他の楽曲も互いに関連性を持ち、当時ブライアンが語ったように「ポケット・シンフォニー」と言うべき構成となる予定だった。さてここで、ブライアン版『スマイル』は大きく3つの楽章に分かれている。しかし、67年当時はレコード時代なのだから、物理的にA面B面の2部構成にどうしてもなってしまうはずだ。レコード時代のミュージシャンは必ずA面B面を意識したアルバム作りをしていたはずで、CD時代以降のアルバム作りと決定的に違うのはその点である。よって、67年のブライアンが『スマイル』を編集するならば、必然的に大きく2部構成になっていた可能性が高いと推測できるのである。もちろん各面でさらにいくつかのパートに分かれていただ
ろうが、A面が終わってレコードをひっくり返してB面へ、という大きな物理的な流れは誰にも避けられないのだから、そこで大きな区切りが絶対にあったはずなのだ。3部構成のブライアン版『スマイル』は、途中で2つに分けることはできない。明らかにCD時代以降の考え方で編集されているものである。私がくどくどと「本当のスマイルは永遠に未完成」と言い続けているのは、2004年版『スマイル』にはA面B面構成が見られなく、レコード時代に企画された当時の『スマイル』の完成形(もし完成されていたら、だが)とは、その点において絶対に異なっていたと思うからなのである。

私がA面B面にこだわるのは、レコード(そしてそれを録音したカセットテープ)時代の音楽作品をとても愛しているからである(ここで白状しておくが、現在の私はレコードプレイヤーを持っていない。アナログ盤至上主義者では全くありません)。作品の前半を一気に楽しみ、一旦終了。一息ついて、新たな気持ちで後半戦に。作り手も聞き手もそれを十分に理解している関係。レコード時代に作られた作品は、CDで聴くときでもA面B面の区切れ目を意識して聴かなくてはならないと信じている私は、『スマイル』に存在していたかもしれないA面とB面の区切れ目を、そしてそれを前提とした完成版を聴きたくてしかたがないのである。『ペット・サウンズ』のA面が「スループ・ジョン・B」で終わり、B面が「神のみぞ知る」で始まる。その間合いの素晴らしさは、レコード時代の作品ならではだと思う。聴くのはCDで全然いい。だけどA面B面を忘れずに聴きたい。

……そういえば今回の『スマイル』コレクターズボックスには、LPレコードも付いていたな!と思い出した。私はコレクターズボックスが売切で買えなかったので、iTunesダウンロードで買ったため、レコードの実物は見ていないのだった。あれはどうなっているのだろう。(続く)
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by akuto9 | 2011-12-16 09:54 | 出鱈目音楽話

伊勢佐木町ブルース

先日、9歳の息子に聴かせた歌。青江三奈『伊勢佐木町ブルース』。彼の感想。「ちょっとよくわからなかったんだけど、これって、何について歌った歌なのかなー。横浜?」。そうです、たぶん。ドゥドゥビドゥビドゥビドゥビドゥヴゥワ〜ン。
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by akuto9 | 2011-12-15 14:06 | 出鱈目音楽話

The Beach Boys 「SMiLE」 その2

そもそも、未完成で未発表のアルバムが何故「幻の傑作」として長い間騒がれてきたのか疑問に思う方もいることだろう。『スマイル』の制作自体は1967年に頓挫したのが、その後のビーチ・ボーイズのアルバムに『スマイル』セッション時の音源を使用した曲がちょこちょこ収録されてきた。また、90年代以降もボーナストラックやボックスセット他様々な形で『スマイル』セッション音源が少しずつ発表されてもきた。そして、それらの音源があまりに素晴らしい出来なので、『スマイル』は傑作であったに違いないという推測が成されたのだ。現在、ロックの名盤として揺るぎない評価を得ている『ペット・サウンズ』に続いて制作に入った作品であることも、その推測を後押ししている。断片的な音源ながら、それを耳にした者には、『スマイル』がとんでもない傑作となっただろうことは、ほとんど確実なことなのであった。

今回発売された『スマイル』は、3つの形式で出された。まずは「スタンダード版」。スタンダード版+セッション音源の2枚組「デラックス版」。スタンダード版+セッション音源4枚の、5枚組「コレクターズ版」。共通の「スタンダード版」の内容は、単なるセッション集ではなく、一つの作品としてまとめられた形になっている。なので、誤解する人はここで「これが幻の『スマイル』か」と思うことになるわけだが、実はここでまとめられた『スマイル』は、2004年のブライアン版『スマイル』とほとんど同じ構成であり、それに1966-67年の録音を割り当てて作られたものなのだ。ややこしい話なのだが、1967年当時にまとめられなかった『スマイル』を、ブライアン本人が2004年にまとめあげた。ただし、それはブライアンバンドによる新録音なので、ビーチ・ボーイズの声は入っていない。そこで、ビーチ・ボーイズによる『スマイル』セッション時の音源を、2004年版『スマイル』の構成を使って割り当てたのが今回の『スマイル』スタンダード版
というわけだ。ブライアン版『スマイル』を聴いた時に、「素晴らしい作品だけど、これを昔のビーチ・ボーイズの声で聴けたらな…」と思ったものだが、そのファンの願いが叶った形になる。

聴いてみると、当時のブライアンの歌声はやはり素晴らしく、ビーチ・ボーイズによるコーラスも感動的。セッションメンバーの演奏による、その時にしか出せない音の響きも言葉にできない素晴らしさ。ブライアンバンドのメンバーには申し訳ないが、やはりオリジナルビーチ・ボーイズのヴォーカルと、当時のブライアンが作り上げた音には特別なマジックがある。(続く)
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by akuto9 | 2011-12-14 08:28 | 出鱈目音楽話

ふつうの親

今日は小学校の授業参観に行った。教室の壁に、児童が調べたことわざの意味が貼り出してあり、何気なく見ているとこんなのがあった。
「瓜のつるになすびはならぬ→へいぼんなふつうの親からはすぐれた子供は生まれない」
「蛙の子は蛙」→「親の性質は子供にうけつがれる。ふつうの親からはふつうの子供しか生まれない」
「亭主関白」→「家庭で亭主がいばっていること」
これを書いている児童の様子を思い浮かべると、なんだかせつなくなった。
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by akuto9 | 2011-12-10 15:25 | 老体育児記