『弊風一斑 蓄妾の実例』  黒岩涙香

明治31年七月~九月『萬朝報』に連載された、政治家・財界人・学者たちがいかに妾を囲っているかを暴露した記事を集めた本。
「靖国神社宮司加茂水穂は日本橋区村松町四十八番地藤吉妹松本やそ(三十一)を妾とし一時麹町区一番町四十七番地に囲い置きたれども今は三番町十番地に移す」
といった記事が五百例以上も羅列されていて圧巻。これを見てると、小間使いが手ごめにされて妾となるパターンが非常に多い。しかも10代の。今なら淫行・セクハラで即失脚だ。僧侶の蓄妾も数多い。 政治家の女性スキャンダルは今では致命的だが、当時は妾を囲うのは当たり前だった。涙香は、紳士面した男達が影では欲望丸出しに妾を囲っている状況を恥ずかしく思い、広く暴露することによって彼等に反省を促す意図があったようだ(もちろん『萬朝報』の売上増も狙ってのこと)。現在の週刊誌の原点とも言えそうだが、女性の地位向上という涙香の主張を反映してもいた。しかし涙香の女性運動は次第に貞操主義へと傾き、女性活動家達の方向性とはずれていたようだ。ともあれ、今よりも男達がいばりまくり権力が強かった「明治」という時代に、地位と金にまかせて女性を好きなようにする好色オヤジらを恥さらしにした度胸と行動にはジャーナリストとしての気骨を感じる。
最後に、本書の例で最もえげつないのが初代総理伊藤博文なので、かなり長いが引用する。

「大勲位侯爵伊藤博文の猟色談は敢て珍しからず世間に知られたる事実も亦甚だ多しと雖も茲に記する事実の如きはけだし珍中の珍、秘中の秘たる可し。芝区伊皿子町六十五番地に田村半助なる男あり古くより土木請負のために侯爵家に出入りするものなるが、その縁故により同人の長女喜勢子はかつて侯爵の妾となりて非常の寵を受け、麻布長坂町一番地に壮麗なる邸宅を新築し貰いて其処に住みいたるが、喜勢子は不図病気に罹りて去る廿六年中にこの世を去りしかば侯爵は非常に落胆したれども、更にその妹なるつね子という美人を手に入れ喜勢子のことを打忘るるまでに喜びいたるが、このつね子も亦昨年十二月に十九を一期として死去せしかば侯爵は又々非常に落胆したれども、尚跡にはその次の妹雪子とて本年十六才なる美人のあるに力を得前例によって雪子を手に入れんと欲し、そのことを半助に語り出でたるに姉娘の二人まで早逝せしことの何となく気懸かりなるより今回は容易にお請けせず、本人の雪子も亦深く恐じ怖れて承諾する模様なきより侯爵は一層に焦立ちて是非ともその望みを達せんと欲し、去五月十六日に執行したる姉二人の追福法会の際には莫大の金品を与えるなど半助に種々恩を被せたる上、出入のもの九人までを使い手を替え人を代えて交渉中なれども先月当りまでは未だ話の纏らざる様子なりしが、元来半助一家は侯爵家のために今日の生活をなしいる次第なれば今頃は早や話の纏りしやも知れず、これも分かり次第に報道することとせん」

結局続報なく、雪子さんの行く末分からず気になる…。
明治天皇が心配するほどの女好きだったという伊藤博文。芸者遊びだけならまだしも(これも激しかったようだが)、一般人の怖がる十六の娘を金と権力で我がものにしようとする、こんなエロオヤジを初代総理に持ち紙幣にまでした品格ある国家って素敵。

社会思想社現代教養文庫(絶版)。現在は文元社発行。
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by akuto9 | 2007-06-06 21:15 | 意識朦朧書評


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